住民投票の結果―米艦載機受け入れノーの審判  心から歓迎します

|

 
 訪問に先立ち、米国海兵隊岩国航空基地正面ゲートを訪れました。基地周辺は、戦時を思わせる緊張感が漂っていました。
 
 
 
 河口の対岸にあたる門前町の堤防から米軍基地の写真を撮っているとテロ対策警備を思われるパトカーが横を通り抜けていきました。
 
 
 
 岩国基地沖合いの滑走路建設のために愛宕山から土砂を運ぶ延長3.4kmのベルトコンベヤーが蓮田を横切る
 3月12日におこなわれた岩国市の米艦載機受け入れの是非を問う住民投票は、投票率58.68%で即日開票され、その結果、「反対」が43,433票(87.4%)で有権者数の半数を超えました。
 私は、住民投票運動にほんの少しではありますが参加したものとして、投票率が50%を超え圧倒的多数で「米艦載機来るな」という審判が下されたことを心から喜んでいます。岩国市民のみなさん、運動に取り組まれたみなさん本当にご苦労様でした。米軍が日本から引き上げるまで私も頑張ります。
 3月4日、古崎さんと私は住民運動に取り組む「艦載機受け入れ反対に○をする会」を訪問しました。
 受け入れ会場の岩国市民会館では、「いわくにの会」が主催する「住民投票学習会」も開催されていました。(住民投票運動で有名なジャーナリストの今井一氏が講演)
 古崎さんと私は、日本共産党北河内南地区委員会の勤務員、門真市会議員団、大東市会議員団から預かった支援募金を事務局に手渡しました。そして住民運動をめぐる状況について「投票をボイコットする」動きもあることなどの説明を受けた後、JR岩国駅の東側の元町でハンドマイク宣伝に参加しました。コテコテの関西弁で「賛成の人も、反対の人も投票に行きましょう!」と訴えると道行く人からたくさんの暖かい声援をいただきました。
 事務局の方に、岩国基地の成り立ちを尋ねたところ、「岩国基地は、もともと江戸時代に干拓した農地と宅地でした」「戦前、航空機戦強化の為に日本海軍が収用し基地にしました」「蓮田は1坪36銭(基地の建設を開始した1938年の米1俵(60?)13円42銭)で半強制的に取り上げられた」など「岩国れんこん」と戦争との関係について貴重なお話を聴くことが出来ました。
一緒に視察をした大東市の古崎勉議員と会話をしていると「ゴー」という艦載機のエンジンをふかす音が空に響きました。
 米軍基地を訪れるのは今回が厚木基地の夜間発着訓練「タッチアンドゴー」視察以来でした。
 

カテゴリ

,

このブログ記事について

このページは、亀井あつしが2006年3月 2日 16:34に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「岩国れんこん」の生産地を視察――「河内れんこん」再発見の場に」です。

次のブログ記事は「市民に冷たく、国に及び腰の園部市政――施政方針で浮き彫りに」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01