平和ツアーに参加しました??その3―無言館・デッサン舘へ

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 24日、別所温泉の散策、柏屋別荘前での記念撮影の後、午前10時に無言館に到着しました。写真を見てもらったとおり風もなく穏やかな快晴に恵まれ桜をはじめ春の花が咲き乱れていました。

 参加者は、入館前に庭の戦没画学生の名前を彫ったパレットをみんなで見入っていました。そして、無言館に入館しました。

 私は、無言館もデッサン館も初めての訪問でした。無言館の扉を押し開け少し暗めの照明とひんやりした館内に入ったとたん、アムステルダムにあるナチスのユダヤ人狩りを逃れ隠れ住んだ「アンネの家」を訪れたときと同じ「ゾクッ」とするなにかを感じました。(気持ちの高ぶりからそのようになったのかもしれません)

 私は、今回のツアーが決まってから「門真南部九条の会」の事務局長の福山さんから無言館に展示されている絵画の写真集をお借りして予習をして参加をしました。私が、無言館を訪れて写真集では感じなかったことは、上手く言えませんが「実物に勝るものは無し」ということでした。

 絵具がキャンバスから剥離や剥がれかけている状態をみて戦後長い間人目に触れることもなくひっそりと遺品として片付けられていたのか、遺族のみなさんのお家の一角に飾られていたのか、などさまざまなことを考えました。

 展示されている1つ1つの絵画や遺品は、「戦争さえなかったら・・・ もっと もっと 描けたのに・・・」と訴えているように思いました。

 デッサン館では、3つ印象に残ったことがあります。

 ?村山槐多が18歳の時に描いた「尿(いばり)する裸僧」という作品です。正直驚きました。青年の僧が真っ裸で目をカッと見開き大きなおちんちんから托鉢めがけてものすごい勢いでおしこをする油絵でした。赤色というか茶色を主体にした色使いも大胆でした。18歳の青年の作品とは、とても思えませんでした。同時に、矛盾しますが18歳の青年の有り余るエネルギーがストレートにぶつけられていると思いました。

 ?野田英夫氏の「野尻の花」という作品の説明文を読んで驚きました。この作品は、1938年8月、ルース夫人と長野県野尻湖畔に避暑旅行し、製作中目に変調をきたし、それでも描くために絆創膏で瞼を引き上げたと記述されていました。あらためて作品の筆遣いに目をやりました。一筆、一筆にこめられた執念というか愛情をこめて描かれたのだと思うととても感動しました。

 ?とてもセンスの良い大胆なデッサンの構図の作品がたくさんありました。とても新鮮で、現在でも十分通用する(何も知らないでこんなこと言ってすみません)と思ったことです。

 私は、絵画鑑賞を終えてデッサン館の喫茶コーナーでコーヒーを注文し庭のベンチに腰を掛け信濃の春を満喫しました。

   1泊2日の今回のツアーは、平和の大切さをあらためて考え、多くのみなさんに訴えていく上で大きな力になりました。

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このブログ記事について

このページは、亀井あつしが2006年4月 7日 16:53に書いたブログ記事です。

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