第2京阪道路沿線―緑無くなり橋脚ニョキニョキ

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 私の妻は、3年前までハス田と水田の広がる北島調整区域を東西に横断する市道岸和田守口線を通勤路としていました。  夏の夜、会議で帰りが遅くなった時、市民プラザ(旧府立門真南高校跡地)を通り過ぎると、「今までムーッとしていた風が、急にヒヤッ―とした風に変わる」「爽やかで稲やハスの香りを含んだ、なんとも言えない心地よい風が吹いていた」、「第2京阪道路が出来るとあの風が無くなってしまう」と残念そうに言います。

 第2京阪道路が通ることが決まった時から「風景が変わる」そうなることはわかっていたのですが、建設が進み、鉄筋コンクリートの灰色の橋脚が次々に立ち上がるたびに、ハス田や水田が姿を消し、見慣れていた風景が変化していきます。これまでの緑豊かな心をホッとさせてくれる風景の大切さを実感します。

 利便性と引き換えに、失うものの大きさを感じます。  慣れ親しんだ街並みや門真の原風景であり大阪府下でもここでしか見られなくなった水郷地帯。年間20種類を超える野鳥の飛来地である北島市街化調整区域の姿を出来る限り将来に残さなければと思う毎日です。(カテゴリ:議会活動でご検索ください)


 2006年3月27日。第2京阪の工事は始まっていましたが、橋脚はまだ姿を現していませんでした。

 2007年9月17日。第2京阪道路の灰色の橋脚が、写真の中央に姿を現しました。圧迫感を感じました。
 

 府営門真団地B49棟の5階階段から撮った、北島市街化調整区域方面。以前は、青少年グランドから西側は、ハス田や水田が広がり、遠方に大阪市内が望まれていました。

 三ツ島と北島との境目を東西に流れる上八箇荘水路の第2京阪道路建設現場。橋脚が立ち並んでいる所にこれまでハス田や水田が広がり、楕円形の「なみはやドーム」が望まれていました。
 

 2006年3月27日。第2京阪の工事は始まっていましたが、橋脚はまだ姿を現していませんでした。

 2007年9月17日。第2京阪道路の灰色の橋脚が、写真の中央に姿を現しました。圧迫感を感じました。
 

 府営門真団地B49棟の5階階段から撮った、北島市街化調整区域方面。以前は、青少年グランドから西側は、ハス田や水田が広がり、遠方に大阪市内が望まれていました。

 三ツ島と北島との境目を東西に流れる上八箇荘水路の第2京阪道路建設現場。橋脚が立ち並んでいる所にこれまでハス田や水田が広がり、楕円形の「なみはやドーム」が望まれていました。



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このページは、亀井あつしが2007年9月17日 20:47に書いたブログ記事です。

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