花博記念公園鶴見緑地一帯は昔ハス田だった・・・

亀井「蓮ちゃん、花博記念公園鶴見緑地の近くに『ハス田』を見つけたよ」
蓮ちゃん「へぇーどこらあたり」
亀井「鶴見区の焼野の食品スーパーの北側で、門真の北島市街化調整区域のような所ではなくて、周辺が住宅地で囲まれた場所やってん」
蓮ちゃん「低湿地帯で水郷の面影を残した昔ながらの風景は北島市街化調整区域以外で大阪で残っとらへんで」
亀井「焼野周辺で、他にもハス田がないかと思い、ハス田の近くで農作業をしていた農家のおじさんに尋ねたけど、『他にはない』と言われた」「おじさんの話によると、花博記念公園鶴見緑地は、もともと地下鉄の残土や大阪市の焼却場の塵芥を処理する場所になる以前は、ほとんどハス田やったそうや」
蓮ちゃん「そうやねん」
亀井「花博記念公園鶴見緑地が126ヘクタール(門真市の面積の約10分の1)程度あるそうや」
「鶴見区や大東・門真・守口にかけて一帯が河内レンコンの大産地を形成していたらしいと聞いたけど」

蓮ちゃん「そうやねん。詳しいことは、『門真市史第6巻』記述されているさかい、また、読んで」「農家のおじさん、他にも何か言うてた」
亀井「おじさん86才で13の年から55年間ほどレンコンを栽培してたんやて」「品種は、備中種が目方がかかる(重量がある)から栽培してたそうや」
蓮ちゃん「レンコン以外の話もしたん」
亀井」「『マンションの家賃収入あるけど、税金でみんな持っていかれる』とか『農家は、土地があってはじめて農家や』て言わはるから、『土地は先祖からの預かりもんですもんね』と言うたら、『そうや、その通りやぁ・・・』としみじみ話されていたんが物凄く印象に残ったわぁ」
