大門みきし氏の「母を語る」を読んで ― 同じ頃、同じ様な事が・・・

読み出した思たら、涙がこぼれてきた。5月8日付の「しんぶん赤旗」日刊紙に、「母の日」にちなんで、母への思い出を語ってもらうという記事が掲載されていました。
大門みきし氏は、54歳、私53歳。私の父は、小学校3年生の時、亡くなりました。私の母は、先斗町で仲居、祇園などでホステスをしていました。
私の入党の原点は、この母親の姿でした。5月1日「メーデー」に参加--「亀井あつし」の入党の原点
照れくさいのもあって、なかなか優しい言葉をかける事が出来ず、ついつい出る言葉は、悪態ばかり、そんな息子です・・・
大門さんの手記を読んで、直接、優しい言葉は、かけませんが、明日は、久しぶりに食事にでも連れて行こうかと思います。
「ふとん」 Am E
父ちゃんは、9才のとき死んだ
そこから話は始まる
母ちゃんは、夜の仕事に入っていった
学歴も無く、技術もない
そやけど俺たちを食わす為に
母ちゃんは、夜の仕事に入っていった
高い着物を着て、厚い化粧をし、プーンとする香水をつけて
「いってくるわ」と家を出た
そんな夜の仕事をする母ちゃんを
いくどとなく、はずかしく思った、いやと思った
道で会った時、人に聞かれた時、どうしたらいいのかわからなかった
そやけど俺たち食わす為に
母ちゃんは夜の仕事に入っていった
夜おそく家の前にクルマが止まる
ドアがあいて、足音がする、そして戸が開く
急に酒の臭いがする、ゲップ、ギョー、フゥーム
ふらふらしながら部屋に入る
そして、じっと俺たちの顔を見て
「あーしんど、この子らがいいひんかったら、もっと楽やのになぁー」
と言いながら、母ちゃんは、俺たちにふとんをかけてくれる
ここで俺は育った、このふとんで
俺にとって、ふとんの臭いは、忘れる事ができない
そして、母ちゃんのつかれた顔を・・・
母ちゃんは、夜の仕事に入っていった
学歴もなく、技術もない
そやけど、俺たちを食わす為に
母ちゃんは、夜の仕事に入っていった
1974.10 高校3時代
