「徹底検証 日本の軍歌」 認識を新たにしました

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 「風の本屋」外商担当の小橋さんからセールスを受け、購入した小村公次氏著書の「徹底検証 日本の軍歌 戦争の時代と音楽」学習の友社発行は、軍歌について興味深い記述が多く、とても勉強になり認識を新たにしました。

 軍歌のルールから始まり、幕末から明治、大正、昭和、そして現代へと、その時々のポイントとなる点の要点を抑えたものでした。

 兵士を鼓舞し愛国精神を叩き込むだけでなく、銃後にある国民全体の感情を統一する為に、音楽・歌のもつ力を権力がいかに利用したかリアルに紹介されていました。

 単純に「軍歌」だからダメと言うだけでなく、抑圧された国民の思いが「軍歌」に込められていたことを知りました。「ここはお国の何百里」で始まる「戦友」という歌は、戦争に惨さが歌から伝わってくると歌詞を読みながら思いました。1918年(大正8年)に軍隊の士気を鈍らせ神聖な軍律を侵すとして新聞紙上で問題視され、太平洋戦争下では歌うこと自体が禁止されたそうです。

 バカバカしさを感じたのは、「『小国民』は何を歌っていたか」の項でした。太平洋戦争が始まる1941年に公布された国民学校令には、「育成」でなく「練成」に改められ、音楽教育の中に「和音感教育」というものがあり、飛行機の爆音を聞き分ける、どのくらいの編隊、機数を計れる訓練として養成することを目的にしていたとの記述でした。人をモノ扱い、「軍需品」として子どもたちを利用しようとしたことです。

 もう一つは、小さい時から、歌を使って「皇民として死ぬことを当たり前」を擦り込んでいったことです。当時、まだ小学校にもいかない頃に聞いた歌が何かの拍子に自然と口ずさんでいたとありました。徹底した洗脳の恐ろしさを感じました。

 あらためて芸術、音楽や歌は、本来、人間性を豊かにするもだと思いました。変な方向に行かさせないためにも。

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このページは、亀井あつしが2012年10月 4日 00:42に書いたブログ記事です。

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